【貴船神社/京都】パワースポットに伝わる怖い話

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©︎RIKA(京都/貴船神社にて)

叡山電鉄貴船口駅からバスで数分、全国に約2000社を数える水神の総本宮、貴船神社。

社前には貴船川が流れ、鮮やかな赤い灯籠が並ぶ美しい石段の風景は、貴船神社の象徴として大変有名です。

今回の記事では、貴船神社の歴史や、言わずと知れた「丑の刻参り」の言い伝えにも迫ってまいりたいと思います。

目次

貴船神社とは

貴船神社の創建年代は不詳ですが、およそ1300年以上前の白鳳6(666)年に社殿建て替えの記録が残っているそうです。

社名の由来は「黄船」によるものとされ、神武天皇の皇母であった玉依姫命(たまよりびめのみこと) が黄色い船に乗って淀川・賀茂川・貴船川をさかのぼり、この地に社殿を建てて水神を祀ったことに始まると伝えられています。

本宮には水を司る高龗神(たかおかみのかみ)が、そして奥宮には闇龗神(くらおかみのかみ)が祀られていますが、同じ神様とされています。

賀茂川の最上流にあたることから、古くから「雨乞いの社」として信仰があり、朝廷から使者が派遣されて日照りには黒馬が、長雨には白馬または赤馬を奉納し祈願していたといいます。
時には生きた馬に代えて、馬の形をした木の板に色をつけた「板立馬」が奉納されており、これが現在の絵馬の原型となって貴船神社が「絵馬発祥の社」といわれるようになりました。

本宮

貴船神社の参拝は「三社詣」と呼ばれ、本宮、結社(ゆいのやしろ)、奥宮をお参りします。

▼ 拝殿

▼ 拝殿の北側に本殿があります。(この写真ですと、左手が拝殿で中央の奥が本殿)

天喜3(1055)年に貴船川の氾濫で奥宮の社殿が流損してしまったため、現在の位置に本宮が移されたのだそうです。

本宮は「水占みくじ」でもよく知られており、まずは一見真っ白に見える紙の中から一枚を選んで、境内の霊泉に浮かべると文字(吉凶)が見えるようになります。

また、おみくじに印字されたQRコードによって、各国の言語で読み取ることが可能です。

例えば「願望」の「遅くとも叶うべし」の英語は、It will take time but it will come true. のように表示されます。

▼ こちらの石段を降りて結社、奥宮へ向かうことができます。

▼ 足元に注意してくださいね。

結社(ゆいのやしろ)

奥宮への途中には、貴船神社の中社である「結社」があり、縁結びの神様「磐長姫命(いわながひめのみこと)」が祀られています。

縁結びとは、男女の縁のみならず人と人との「縁」を結んでくださる、という意味です。

和泉式部が夫との復縁を祈願し、歌を詠んで捧げたことで知られており、以来「恋の宮」と呼ばれているのだそうです。

相生の杉

結社と奥宮の間には「相生(あいおい)の杉」が堂々とした佇まいでそそり立っています。

同じ根から生えた姿は仲の良い夫婦に例えられ、樹齢は何と1000年以上だそうです。

ちなみに 島根県出雲市の 須佐神社 にも「相生の松」があります。

思ひ川

結社を過ぎますと、「思ひ川」があります。

もともとは御物忌川(おものいみがわ)でしたが、和泉式部が夫の心変わりに思い悩んで復縁を祈願したことから「思ひ川」と呼ばれるようになったのだとか。

その昔、この川で参詣のさいに水垢離(みずごり:神仏に祈願する前に、水を浴びて身を清めること)をしていたそうです。

奥宮

貴船神社の最奥に鎮座する奥宮は、静寂に包まれており神秘的な雰囲気が漂っていました。

本殿の隣には「船形石」があり、前述しました玉依姫命が乗っていた黄船が人目につかないように、石を積み囲んで隠したと伝えられています。

そして本殿の真下には「龍穴(りゅうけつ)」と呼ばれる大きな穴が空いており、貴船神社の龍穴は、

  • 奈良県の室生龍穴神社の奥宮
  • 岡山県の備前周辺のどこか(← 笑)

と並んで、日本三大龍穴のひとつに数えられています。

龍穴とは、陰陽道や風水術において繁栄するとされる土地で、大地からのエネルギーが噴き上げていて、天変地異とは無縁といわれています。

ちなみに古くから龍穴は数多く存在し、大抵そのそばには社(やしろ)が建てられているため、例えば伊勢神宮や日光東照宮なども龍穴とされているそうです。(知らなかったです?)

▼ 拝殿

丑の刻参りの伝説

丑刻参(鳥山石燕「今昔画図続百鬼」)/Wikipedia

貴船神社は、日本に古くから伝わる最強にして最恐の呪い「丑の刻参り」でも知られています。

丑の刻参りとは、「憎い相手を藁人形に見立て、それを丑の刻(午前1時から3時の間)に神社の御神木に釘で打ち込むのを7日間続ける」ことをいいます。

しかしながら、もともとは貴船大明神が「丑の年の丑の月の丑の日の丑の刻」に降臨したという由緒から、丑の刻に参詣すると心願成就するというものであったため、本来は呪咀の意味はなく、「夜のお参り」にいつしか呪術的な話がつけられたと考えられています。

ちなみに丑の刻参りを達成するには、いくつかの条件があるそうです。

・白装束を着る
・一本歯の下駄を履く
・五徳を逆さにかぶり、三脚に三本の蝋燭を立てる
・顔をおしろいで白く塗る
・お歯黒をする
・朱色の口紅を塗る
・胸元に鏡を吊るす
・小刀を携える
・呪っている姿を誰にも見られてはいけない(← 最難関)

その姿を想像すると笑ってしまいそうですが(失礼)、私がもし暗い神社で出くわしたら腰を抜かす自信があります。

さて、この呪いの発端となったのが「宇治の橋姫(うじのはしひめ)」という伝説上の女性で、お話は平安時代までさかのぼります。

宇治の橋姫ってどんな人?

橋姫(竜閑斎画『狂歌百物語』より)/Wikipedia

橋姫とは、「橋にまつわる日本の伝承に登場する女性」で、基本的には「橋の守り神・女神」という意味です。

平安時代初期に編纂された古今和歌集には、こんな歌があります。

さむしろに衣かたしきこよひもや 我をまつらむうぢのはし姫

(むしろの上に衣をしいて独り寝をして、今夜も私を待っているのであろうか、あの宇治の橋姫は)

古今和歌集 恋 詠み人知らず

「宇治の橋姫」とは「宇治に住む、想いを寄せる恋人」と解釈されるそうで、源氏物語の第四五帖には「橋姫」の巻名がついています。

これが何故恐ろしい呪術と関係するのでしょうか。。。?

鬼となった宇治の橋姫

橋姫(鳥山石燕「今昔画図続百鬼」)/Wikipedia

鎌倉時代に成立した平家物語のいくつかの読み物系「異本」の中に収録されている「剣巻」には、宇治の橋姫が「嫉妬にかられて鬼女となり、京中の人々を手にかけた女性」として描かれており、あらすじを簡単に申しますと以下のような感じです。

嵯峨天皇の御宇に、或る公卿の娘、余りに嫉妬深うして、貴船の社に詣でて七日籠りて申す様、「帰命頂礼貴船大明神、願はくは七日籠もりたる験には、我を生きながら鬼神に成してたび給へ。妬しと思ひつる女取り殺さん」とぞ祈りける。

平家物語の異本「源平盛衰記」や「太平記」などに収録されている「剣巻」の書き出し

嵯峨天皇の代、京都に宇治の橋姫という公卿のお嬢様がいました。

橋姫は自身の夫に近づく女への嫉妬に狂い、貴船神社に連日参拝し、「私を、生きながら鬼神に変えて下さい、あの女を取り殺したいのです」と、鬼女になることを懇願しました。

そこへ貴船大明神が現れ、「本当に鬼になりたければ、姿を変えて21日(三七日、さんしちにち)の間宇治川の水に浸かれ」と言いました。

橋姫は長い髪を5つに分けて5本の角をつくり、顔と体を朱く塗り、三脚のついた鉄輪を逆さにかぶってそこに松明を燃やし、さらに両端を燃やした松明を口に咥えて、まさに「鬼の姿」になりました。

この呪いこそが丑の刻参りの原型であり、これに陰陽道の形代(かたしろ)などの要素が加わって、藁人形のルールが出来上がっていったのではないか、という話があります。

橋姫はとうとう相手の女を喰い殺し、さらには縁者や親戚、しまいには誰彼構わず次々と手にかけていきました。

京の町はパニックに陥り、夜に出歩くものはいなくなり、ついに貴族たちはこの鬼女を退治することを画策します。

源頼光の四天王の筆頭であった源綱(みなもとのつな)が一条大宮に遣わされたさいの帰り道、一条堀川の戻橋を渡る時に一人の女性を見つけました。

綱は「危ないから五条まで送っていきましょう」と声をかけ、自分は馬から降りてその女性を乗せました。

そして正親町(おおぎまち)の近くで、その女性から「実は私の家は都の外なのです。そこまで送っていただけないでしょうか」と頼まれたので、綱は「分かりました。送っていきましょう」と答えました。

すると女性は鬼の姿に変わり、「愛宕山へ行きましょう」と綱の髪の毛を掴んで飛び立ったので、綱は持っていた名刀「髭切(源家重代の刀と伝えられる日本刀)」で鬼の腕を断ち切ったところ、鬼はそのまま愛宕へ飛んでいきました。

このとき切り取られた腕は、陰陽師安倍晴明によって封じ込められたと伝えられています。

さらに室町期につくられたという後日談があり、橋姫は「私を弔ってくれるならば京を守護する」と言って宇治川に身を投げたのだそうです。

以上、かなりざっくりとした内容をご紹介しましたが、平安時代には「宇治に住む愛しい恋人」だったはずの橋姫が、鎌倉時代に入って「嫉妬に狂う鬼女」として描かれているところに、何か裏がありそうな気配を感じてしまいました。

この橋姫の愛憎劇は、何か時の権力者の逆鱗に触れるようなことをしでかした人がいて、それに尾ひれがついたものだったりして。。。?

最後に

現在、橋姫は宇治橋のそばにあります橋姫神社に祀られており、「橋の守り神」そして「縁切りの神」とされ、悪縁を切るご利益があるといわれています。

なお、恋人同士で橋姫神社の前を通ったり宇治橋を渡ったりするのはタブーとされているので、気になる方はご注意ください?

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