【Beethoven-Haus ベートーヴェンハウス】ドイツ・ボン

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ボンの Bonngasse 20番地に、あの偉大な作曲家 Ludwig van Beethoven ベートーヴェンの生家、Beethoven-Haus があります。

彼の生家は現在一般公開されており、彼の肖像画やボンの宮廷楽団で使用したヴィオラ、補聴器、デスマスクなどが展示されています。

Ludwig van Beethoven(ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン)

1770年 父ヨハンと母マリアの次男として、ドイツのボンにて生誕。
1777年 記録に残っているものとしては最初の演奏会を、ケルンで開催。
1781年 母マリアとオランダへ演奏旅行に出かける。
1787年 ウィーンを訪れ、モーツァルトと対面。7月に母マリアが亡くなる。
1790年 旅行中に、ボンへ立ち寄った作曲家ハイドンと出会う。
1792年 ハイドンと再会し、弟子入りする。12月に父ヨハンが亡くなる。
1796年 約半年間、プラハからドレスデン、ライプツィヒ、ベルリンを巡る演奏旅行へ行く。
1798年 この頃から難聴を訴え始める。
1801年 ピアノソナタ「月光」をオーストリアの伯爵夫人ジュリエッタに捧げる。
1808年 交響曲第五番「運命」、交響曲第六番「田園」を発表。
1812年 詩人ゲーテに会う。
1827年 永眠

向かい側のミュージアムショップでチケットを購入してから、地下のロッカーに荷物を預けてから見学します。

▼ ミュージアムショップ

▼ ピンクの建物のドアが、ミュージアムの入り口です。

▼ スマホにアプリをダウンロードすると、音声ガイドを聴くことができます。日本語も選択できます。

▼ こちらはチケット 兼 案内図です。

ベートーヴェン肖像画

最も有名なベートーヴェンの肖像画は、彼が50歳の頃にJoseph Karl Stieler ヨーゼフ・カール・シュティーラー(1781-1858)という宮廷画家によって描かれたものです。彼は文豪ゲーテや作曲家ワーグナーなどの肖像画も手がけました。

ベートーヴェンの曲は「運命」と「第九」くらいしか知らない、という方でも、ベートーヴェンはどんな顔か聞かれたら、大抵はこの肖像画を思い浮かべるのではないでしょうか。

ボサボサの髪にキリリと吊り上がった眉毛、力強く鋭い眼光。きっと夜には動いていそうな躍動感を感じます。手にしているのは、当時作曲中だった「ミサ・ソレムニス ニ長調」で、1823年に完成された曲です。

▼ ベートーヴェンの自筆の文字は非常に乱雑で読みにくく、当時の写譜師や後世の研究者泣かせであることで有名ですが、自分の身体から溢れ出てくる音楽の創造性に、彼の手が追いつかなかったのかもしれませんね。

▼ たくさんの手紙が展示されています。ベートーヴェンは、自分がどう思っているかなどを文章で表すよりも音符の方が良いと語っていたそうで、彼の手紙は出来事などがそのまま書かれていたのだとか。

▼ 彼が使用していたペン

▼ 彼の教え子 Josephine Deym ヨゼフィーネ・ダイム(旧姓:ブルンスヴィック)は、ベートーヴェンの「永遠の恋人」候補の一人と考えられている女性で、ベートーヴェンへ宛てた恋文の草稿が残されていました。しかしながら、二人の身分違いの恋が叶うことはありませんでした。

音楽家という仕事柄、高貴な身分の女性と知り合う機会の多かったベートーヴェンですが、彼にとっては身分違いの女性ばかりであり、この時代は例えどんなに愛し合っていたとしても、その恋を成就させることは容易ではなかったのでしょう。 

ベートーヴェンは20代後半から発症した難聴と闘いながらも精力的に作曲を続けたことでも大変有名です。

▼ こちらは彼が使用していた、「イヤートランペット」と呼ばれる補聴器(集音器)です。

▼ ベートーヴェンが演奏していたピアノです。

▼ ベートーヴェンのデスマスク

▼ 彼が30代の頃使っていたメガネです。

▼ こちらは中庭です。

▼ 中庭の奥には、ベートーヴェンの像があります。その表情には、彼にしか分からない苦悩が感じられ、なんとも言えない気持ちになりました。

▼ 一階(ドイツでは「地階」)の中庭から入ることができるMusikzimmer 音楽室では、土日にミニコンサートが開催されているそうです。

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