
シュトゥットガルト で生まれたドイツの哲学者ヘーゲルの生家が、現在は改装されて記念館として一般公開されています。ドイツで哲学者といえば、ヘーゲルのほかには Kant カントや Nietzsche ニーチェ、Heidegger ハイデッガーなどが有名ですね。
さて、ヘーゲルはどんな人物だったのでしょうか。
ヘーゲルの生涯
ヘーゲルが生きた18世紀後半から19世紀前半にかけては、フランス革命やナポレオン戦争、そして産業革命など、めまぐるしく世界に変化が起こった、まさに激動の時代でした。
1790年、フランスで封建的特権の廃止を要求する農民が、領主の土地に革命のシンボルとして「自由の樹」を植えたことを知ったヘーゲルは感動して熱狂したそうで、これに倣ってヘーゲルと親友の哲学者シェリングたちはテュービンゲン近郊の野山に出かけ、そこに「自由の樹」を植えて踊り明かしたのだそうです。
ヘーゲルとシェリングは、共同で雑誌を創刊するほど仲が良かったのですが、のちに自分の著書でシェリングを批判したことで不仲になってしまいます。
前半生は家庭教師などをしながら生計を立てていたヘーゲルでしたが、のちにイェナ大学やベルリン大学で人気の講師となりました。

Georg Wilhelm Friedrich Hegel(ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル)
1770年 プロテスタント家庭の官吏の息子として、ドイツのシュトゥットガルトにて生誕。
1783年 熱病により、母マリアが死去。
1788年 テュービンゲン大学の神学部に入学。在学中に出会ったシェリングと交友関係を築く。
1790年 哲学修士号を取得。
1793年 スイスのベルンやフランクフルトで、家庭教師として生計をたてる。
1801年 シェリングが大学教授を務めていたイェナ大学の私講師に就任する。
1807年 「精神現象学」を刊行。バンベルク新聞の編集者となる。
1808年 ニュルンベルクにあるギムナジウムの校長に就任。
1811年 当時20歳のマリーと結婚。
1816年 ハイデルベルク大学正教授に就任
1829年 ベルリン大学の総長に就任。
1831年 当時流行していたコレラに感染し、ベルリンにて死去。享年61歳。
ヘーゲルハウスへ潜入
ヘーゲルハウスは、Eberhardstraße エバーハルト通りと Torstraße トーア通りが交わる角に建っています。私がお邪魔したとき(2025年5月)は、見学料は無料でした。
Eberhardstraße 53, 70173 Stuttgart
▼ ヘーゲルハウスの入り口です。受付の男性の、宝石のような青い瞳に吸い込まれそうになりました(笑)

▼ ヘーゲルの生誕から大学教授としての生活、そして彼の哲学が世に与えた影響などに触れることができます。


画面上で自分が知りたい情報を選ぶ、インタラクティブな展示もありました。
▼ 当時、大学の医師や教授が着用する正装には、ガウンのほかにベレー帽も含まれていました。ヘーゲルのベレー帽は彼のベルリン時代後期のもので、プリーツによってふっくらとした形をしており、縁には刺繍が施されているのだとか。

▼ こちらの銅版画は、画家クリスティアン・クセラーによる絵画を基に制作されたもので、ヘーゲルがハイデルベルク大学に在籍していた時期に制作されたと考えられているそうです。

▼ 3階(ドイツ表記では2階)には、エスケープルームがありまして、当時の部屋の雰囲気を味わうことができます。




ヘーゲル弁証法
ヘーゲルといえば特に「弁証法」が有名ですが、これは一体何なのでしょうか。
簡単に申しますと、相反する二つの要素(主張:テーゼ、反論:アンチテーゼ)が互いに関係し合った結果、より高次の段階へ統合(合:ジンテーゼ)する思想プロセスのことです。
例えば、誰かが「人は常にポジティブであるべきだ」と言ったとします。そして他の誰かが「不安や恐怖などのネガティブな感情は、人間が生き残るために必要な防御本能であり、悪いことではありません。」と反論してきました。
二人は議論を重ねていくうちに、「ネガティブな感情も自然に湧き起こるものとして認め、ありのままの自分を受け入れたうえで自分を尊重していけば、結果としてポジティブ思考へつなげることができる。」と結論づけました。
矛盾する二つの意見を突き合わせることで、互いの欠点を補いつつ「より良い第三の道」へ発展的に統合する、つまり単なる妥協や中間案ではなく、より高い次元へ引き上げる「止揚 アウフヘーベン」という考え方です。
そして忘れてはならないのが「絶対精神」で、全てのものが弁証法運動(矛盾・統合)を繰り返し、最終的に自己実現を果たした精神を指します。
言い換えると、森羅万象を成り立たせているものは人間の精神であり、自分の精神が成長して多くのことを知れば知るほど、世界がより良い方向へ変化していく、ということです。
どんな出来事も、自己を形成するために必要な過程と解釈しているため、ポジティブな哲学といえるでしょう。


