【ハイデルベルク城】美しき廃墟とワインの大樽/ドイツ

ドイツの観光街道のひとつとして、ヴュルツブルクやローテンブルクなどを通る「ロマンティック街道」と並ぶ人気の高さを誇る「Burgenstraße / 古城街道」。
この街道はマンハイムからスタートし、ハイデルベルクやニュルンベルクを経て、チェコのプラハまで全長約1000kmにも及びます。

ドイツには、廃城も含めて数え切れないほどのお城がありますが、ネッカー渓谷、特にハイデルベルクからハイルブロンにかけては特に古城が集中しており、中世のロマンと哀愁を感じさせるお城の佇まいを楽しむことができます。

(冒頭の写真は、ハイデルベルク城から撮影した旧市街です。)

ハイデルベルク

ドイツ・バーデン= ヴュルテンベルク州北西部に位置するハイデルベルクは、有史以前から既にケルト人の集落があったと伝えられており、12世紀の終わり頃にドイツ史に登場します。

ハイデルベルクの歴史を知る上で必要不可欠な用語が2つ。「神聖ローマ帝国」と「Pfalz /プファルツ」です。

「神聖ローマ帝国」とは、中世から19世紀初頭までのドイツ王を中心とした複合国家の呼称で、この「ローマ」は「聖なるローマ教会」のキリスト世界を守護するという理念的表現によるものです。

日本の教科書ではオットー1世(912〜973)の962年即位から始まるとされていますが、ドイツの歴史教育においては、800年のカール大帝の戴冠を始まりとするのが一般的です。

「Pfalz / プファルツ」とは、王や高官の領土を意味し、神聖ローマ帝国においては封建領土などに「Pfalzgraf / プファルツ伯」の称号が与えられていました。
これが諸侯化し、領邦国家の王の選挙権を有してプファルツ選帝侯と号したそうです。
神聖ローマ皇帝の帝位は選挙で選ばれていましたので、「選挙に立候補することを認められていた領土」が「選帝侯領」となるわけです。
そしてドイツで王となった者がローマ教皇の戴冠を受け、「神聖ローマ皇帝」という最高位に君臨するという仕組みでした。

ハイデルベルク城に絡めて簡単にご説明しますと、まず神聖ローマ皇帝フリードリヒ1世が、1156年にホーエンシュタウフェン家出身のコンラート・デア・シュタウファーをプファルツ伯に任命します。
13世紀になると、現在のハイデルベルク城の前身となる建物が、プファルツ伯の居城として小高い山の上に建てられました。
その後プファルツ伯の領土は、のちにバイエルン王のルートヴィヒ2世などを輩出することになるヴィッテルスバッハ家が統治するところとなり、ハイデルベルクは神聖ローマ帝国の有力な領邦として発展していきます。
そして1356年、金印勅書(皇帝の命令と黄金の印章が付された公文書)によってプファルツ伯に選帝侯位が授けられ、「プファルツ選帝侯領」に格上げとなりました。

めでたしめでたし . . . と言いたいところですが、やはり「権力」「領土」「宗教」に戦争はつきもの。

1618年から1648年まで続いた宗教戦争「三十年戦争」、そしてフランス王ルイ14世が起こした「プファルツ継承戦争」によってハイデルベルクの街はボロボロに破壊され、ハイデルベルク城は現在の廃墟のような姿になりました。

では、前置きはこれくらいにして、ハイデルベルク城の現在の姿をご紹介していきます。

ハイデルベルク城へ

▼ RIKA作、ハイデルベルクの簡単MAP。

ハイデルベルク中央駅そばの観光案内所にてハイデルベルク城への行き方を聞くと、職員さんもこの手の質問には慣れたもので、バスの番号と行き方が印刷されたメモとともに、地図に印をしながら丁寧に教えてくれました。

▼ 33番、「Rathaus / Bergbahn」行きに乗って、出発です。

日の光でポカポカと暖かいバスに揺られながら、流れていく街並みを眺めていると、ハイデルベルクに来たんだなぁという気持ちになってきました。

バスを降りたあと、丘のふもとの「コンマルクト駅」からケーブルカーに乗って、あっという間に「シュロス駅」に到着しました。

シュロス駅を出ますと、売店やレストラン、インフォメーションなどがあり、ハイデルベルク城の敷地内に入ることができます。

ハイデルベルク城

▼ ハイデルベルク城の見学には、オーディオガイドがオススメです。機器を借りている間は身分証を預ける必要があります。

▼ 手前にぽつんと門が立っていますが、これはフリードリヒ5世が妃であるエリザベートへ、誕生日のサプライズプレゼントとして一夜のうちに造らせたという言い伝えがあります。
その日エリザベートがいつものようにお庭をお散歩していると、昨夜は無かったはずの門が急に目の前に現れたため、とても驚いて喜んでくれたのだそうです。
まるでファンタジー映画にでも出てきそうな、何とも微笑ましいエピソードですが、急いで造った人たちは大変だっただろうなぁ . . . 。

▼ エリザベート門をくぐると、「Stückgarten / シュトゥックガルテン」という庭園が広がっています。

▼ 庭園の突き当たりには、ルートヴィヒ5世が防衛のために造らせた「Dicker Turm / ディッカー塔」という、厚さ5メートルもの壁をもつ塔があります。
壁の彫像はルートヴィヒ5世とフリードリヒ5世です。

▼ お堀を挟んだ向こう側にルプレヒト館が見えます。ハイデルベルク城の中で最も古い建物で、プファルツ選帝侯ルプレヒト3世にちなんで名付けられたそうです。

▼ 手前に見える、一部が崩れた「牢獄塔」は、わずかですが内部が見えていて、色々と想像してしまいます. . . 。

▼ お城の中庭へ続く「Torturm / 城門塔」です。時計塔とも呼ばれています。

▼ 城門塔の扉には、当時の城主が「この鉄輪を噛み切れる者がいたら城を与える」といったために魔女が噛み切ろうとしたと伝えられている、ヒビの入った取手があります。
こういった伝説を聞くとワクワクしてしまいます。

▼ 城門塔を抜けると、ハイデルベルク城の中庭に出ます。

中庭に入ると、廃城をぐるりと見上げるような景色になりました。崩れたままであるが故とでも言いましょうか、そこには不思議な美しさが漂っています。

ハイデルベルク城は、19世紀の終わり頃から100年以上かけて定期的にあちこちの修復作業が進められており、私が訪れたときも修復作業の真っ只中でした。
新しく綺麗にするという修復ではなく、廃城の美しさを保つための修復といった感じです。

▼ ハイデルベルク城の顔、「Friedrichsbau / フリードリヒ館」です。プファルツ選帝侯フリードリヒ4世にちなんで名付けられました。

▼ フリードリヒ館の右側、「Gläserner Saalbau / ガラスの会堂」の壁には、ちょっと変わった面白い日時計があります。

▼ こちらは井戸棟です。

▼ 「馬用の階段」を上がった右手には、人気の高級レストランがあります。

▼ 「オットー・ハインリヒ館」の地下には「薬事博物館」があり、ドイツの薬学史に関する資料が多数展示されています。

ワインの大樽

ハイデルベルク城の目玉がもうひとつ。フリードリヒ館の前の通路を地下に入りますと、かつて領民から集めたワインの貯蔵庫として使われていた「大樽棟」があり、巨大なワイン樽「カール・テオドール樽」を拝むことができます。

「Karl Theodor / カール・テオドール」とは歴代のバイエルン選帝侯(在位:1777〜99)の名で、ネッカー川に架かる橋や門を建設したり、文化の振興に大変熱心だったことでも知られています。

▼ フリードリヒ館の別角度です。

▼ こちらの通路を降りていきます。

▼ 既に多くの人で賑わっています。カフェや売店もありますので、一休みすることもできます。

▼ もう少し奥に進むと、どんなに引いてもカメラに収まりきらない直径7メートルもの大樽が姿を現します。容量は何と22万リットルです!
一般的なワインボトル750mlで計算しますと約30万本になります。

選帝侯の代を追うごとに樽は大きくなっていき、現在の大きさになったそうです。

▼ 樽の横には階段があり、上にのぼると更に樽の大きさが実感できます。

愛すべき大酒豪、ペルケオさん

大樽の目の前には、かつて樽の番人をしていたという「ペルケオ」さんの像があります。
彼はもともと宮廷道化師として連れてこられた人物で、お酒を飲むかと聞かれると「Perché no? /もちろん(英語で Why not?)」と答えていたため、それが訛ってペルケオと呼ばれるようになったといわれています。

年老いて病気になったときに、医師に勧められてお水を口にしたところ、命を落としてしまったのだそうです。

火薬塔

一旦城門塔を出て、敷地を東に進んでいくと、ゲーテがスケッチしたこともあるという、豪快に崩れた「火薬塔」が鎮座しています。

17世紀にフランス軍が破壊したと伝えられていますが、倉庫の火薬が落雷により大爆発したという説もあります。

▼ 壁の厚さがよく分かります。

場内庭園

▼ さらに進むと、城内庭園があります。晴れた日のお散歩にぴったりです。

▼ ゲーテが腰掛けたという石造りのベンチがあります。ここに座ってノスタルジックな気分に浸るのはいかがでしょうか。

最後に

「コンマルクト駅」では、ハイデルベルク城の入場料とケーブルカーの往復料金がセットになったチケットを購入することができますが、ケーブルカーの他には車、観光バス、そしてふもとの直接徒歩で行く方法があります。
やや急勾配ではありますが、徒歩でも10分ちょっとで行けますので、足腰に自信のある方は、お天気のいい日に是非ゆっくりと小高い丘からの景色を楽しんでみてください。
または帰りだけ徒歩で降りるのもオススメです。

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